
那カ山の「カ」は中国漢字で「上・下」を組み合わせたものです。
西双版納州孟海県の北、メコン川を境に西側の那カ山には小葉種の古茶樹があります。
古茶樹の森は那カ村のすぐ上の海抜1700メートルから1800メートルにかけての山頂付近にあります。
見たところ、小葉種が7割、大葉種が3割で混生しています。
一般的に大葉種の品種が混生しているこの地域では、小葉種は少数派です。
那カ山にはラフ族が住んでいますが、ラフ族はお茶づくりに歴史がありません。
それなのになぜ樹齢数百年もの古茶樹に人の栽培の痕跡があるのか?
茶樹を見てすぐにわかりました。
それは布郎族の育てた茶樹でした。
昔は枝ごと刈り取った茶摘みの手法が、曲がりくねった枝ぶりをつくり、盆栽の木のように育ちます。
西双版納の孟海県の他の古い茶山と同じく、遠い昔に布郎族が茶を育てていたのです。
布郎族は小葉種の種をどこから持ってきたのか?それともこの地に野生種として存在していたのか?
ひとつ謎が解けて、またひとつ謎ができました。
那カ山でプーアール茶の原料となる晒青毛茶がつくられたのは2007年頃からです。
それ以前は、1990年頃から当時国営の大手茶廠の指導で、「緑茶」と「紅茶」がつくられていました。
さらに昔、ラフ族のお年寄りの話では、炙って晒干した簡単なお茶しかありませんでした。
ラフ族が家族で飲んだり、ダイ族の米と交換していたのです。
つまり、布郎族が去った数百年前から、1990年頃まで、この山のお茶は門外不出だったのです。

焼き畑をしながら山から山へ転々としてきたラフ族には、農地の生態系を守るという考えがありません。
水源であり古茶樹の森でもある山頂付近以外は、ゴムの樹、サトウキビ、バナナ、茶畑のお茶と、
経済的作物のために森が焼きつくされ、乾いた地面をむき出した荒れ山になっています。
2013年の秋に一度那カ山に行こうとして、道が悪くて断念しましたが、
その道の途中にも那カ山と同じ小葉種の古茶樹を見つけました。
その写真と、2014年の春に那カ山へ行ったときの写真と、2つをここに紹介します。
山へ上がる道中の平地は、孟海県孟宗のダイ族の水田やサトウキビ畑です。
2013年秋天





























2014年春天



































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